遺伝的多様性

ブルドッグの遺伝的多様性が著しく低い(違う個体同士なのに遺伝的に過ぎている)

という記事が、ナショナルグラフィックに出ていました(記事はこちら)。


世界の全く異なる地域にいる139頭で、遺伝的な差異がほとんど見られないということ...。

これは生物として、先々行き詰まることを意味しています。

春に美しい桜の木、ソメイヨシノの話でこんなことを聞いたことはありませんか?

「ソメイヨシノは接ぎ木で増えるために、遺伝的には全く同じ樹。だから何か病気にかかったら、全滅するかもしれない」。

植物と動物でも違いますし、この例えではちょっと科学的には正しいと言い切れないのですが、これと似た様な状況にブルドッグは置かれているということ。


なんらかのハプニングに非常に弱いということ。

同じ様なトラブルを抱えやすいということ。

同じ様なことに弱く、それを打破できない可能性が高いということ。

気候や環境の変化に弱く、生き延びていくのが難しくなるということ。


生き物として、将来的に非常な危機が待ち受けているということになりますよね...。


たしかに、Philip Ruinableが描いたブルドッグの絵(1790年)には、今とは違って足が長く、鼻ぺちゃ度も今ほどではなく、尻尾も長く皮膚もたるんでいないブルドッグが描かれていました。(パソコン検索した画像を貼りました)


きっとこの時代は自然交配と自然分娩もできていたのだと思います(現在はほぼ100%帝王切開であると言われています)。


それがこの200年ほどで現在の形に選択交配され、それとともに多様性を失っていったということなんですね。


人々に愛されたからこそ、ずっと長い間ブリーディングが行われてきたということだと思うのですが(そうでなければすたれていたはず...)、野生のものでない限り、その愛すべきパートナーの未来を奪うのもまた人間のブリーディングであるということ。

今回の話題はブルドッグですが、他の犬種、猫種、馬種などにも言えることだと思います。


同じようなかわいさを求めるあまり多様性を失って、同じような病気にかかりやすくなったり、弱くなったり、短命になったり。

やっぱり、それは嫌だなー。


大好きな動物と、ハッピーに暮らしていくためにも、忘れずに頭の隅に置いておこうと思う話題でした。






kairosな時間

kairos(カイロス)とは、 古代ギリシャで時を表す 二つの言葉のうちのひとつ。 自然やその人それぞれのタイミング、 好みやその時どきの感情、 ひとりひとりで異なる時間。

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